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サイカーに乗って被災地を巡る

サイカーに乗って被災地を巡る

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サイカーに乗って被災地を巡る

フェリーでヤンゴン川を渡るブログは以前も書いたが、川向こうの全く違った風景を見せたくて日本から来た4人の友人を案内してまた行った。ミャンマー人なら片道100k(10円)なのだが、外国人は別の部屋で各人往復4ドルを支払う。「日本の人?ありがとう。今度、日本からフェリー3隻寄贈されますね。」係員はとても愛想がいい。

待合室に向かうと「お元気ですか。こっちに来てください。」若い青年が現れ我々6人のために案内してくれる。「何で」と思ったが、「まあいいか」とついて行く。2隻が交互に20分おきに行き来するフェリーは相変わらずの混雑ぶり。彼について3階まで登ると誰もいない船の舳先の下に丁度7,8人座れるベンチが。進行方向で見晴らしも最高。

いろいろ説明してくれるリンリンはまだ19歳のサイカーの運転手だった。外国人を目ざとく見つけるため、専用の窓口まで来て待ち伏せするなんてなかなかやるな・・一瞬引いたが話してみると意外にいい奴だ。「2008年の台風知ってますか。サイクロンで14万人亡くなったのです。僕の下の弟も犠牲になりました。」

東日本大震災の3月11日も近いのでついホロリとなり、彼のサイカーに乗ることに。下船するとすぐ仲間を集めてくれ3台に6人乗ることにした。「1時間ほどでパヤーやマーケット、竹の家を回り3000k」というがあまりに暑いので30分2000kにしてもらって出発。

「風があってきもちいーね。こっち向いて」と言いながら互いに写真を撮り合う。前向きと後ろ向きに二人乗せて、私は乗って見たかった後ろ向き。比較的なだらかな舗装路をしばらく行くと一軒の家の前で停まる。「ここは台風の時の親を亡くした子供たちの孤児院です。」青い扉の真ん中に赤い十字架があるだけの普通の家だったが、「どうぞ中を見て行って下さい。」と招き入れる。

薄暗い8畳くらいの床に何人も寝ている。「ようこそ、今昼寝の時間ですが、どうぞ入って下さい。」40代くらいの施設長と思しき方が椅子を並べて声をかけてきたが、大勢なので遠慮した。「これは何かの足しにしてください。」気持ちだけ義援金をお渡しして引き揚げた。ここでは20人ほど暮らしているという。

この地域はそこだけでなく、簡単な藁ぶきの粗末な小屋、中が丸見えの小さな家ばかり。災害から6年経ってもこの辺は貧しい家ばかりだ。「雨季になったら大変だろうな」と心配するほど。路地路地に手押しポンプが2台づつ設置されて水道も来てないようだ。

若い彼らは額に汗して日々の糧を自分で稼ぐ。英語もそこそこ話し、逞しく生きる姿には同情を超えて感動を覚えた。素敵な笑顔で一緒に写真を撮った。「思いがけないフェリーの旅を盛り上げてくれてありがとう。また会おう。」(3/3)

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