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ディプロマコースで授業する

ディプロマコースで授業する



ミャンマー各地の博物館から現職の館員を中心に一年掛かりで博物館業務を訓練し、終了するとディプロマと呼ばれる。今回は33名が受講しており博物館の3階の部屋で朝の9時半から午後4時まで行われている。講師は元博物館館長や大学の先生、博物館員など20名以上だという。

私は元館長のド・ヌ・ムラザン女史に頼まれて2月11日に急にやることになった。とはいえ、昨年の暮れから頼まれてはいたのだが、「何時やりますか」と言い出せないまま来てしまっていた。8日の土曜日に期待を込めて「もうやらなくていいですかね。」と言うと「来週はウチョウ・シンナンが出張中だから代わりにやって頂戴」ということで最短、休館日明けの火曜日になった次第だ。

「今更、できませんと」とも言えず、「写真沢山見せて、ゆっくり英語でやればいいわよ。」と言われる。こうなる覚悟は出来ていたが、日がない。日本から取り寄せている暇はない。日本の自宅のPCには幾つか出来上がったパワポの番組あるのになと思いつも全て新作にすることにした。

自分の今までいた博物館での活動経歴をお話することに決めて、二日間の休みは全てそれに充て、せっせと過去のデータから写真集めを始めた。まずはヤンゴンの博物館での文化財保護の話から始め、2年いたラオスのルアンパバーンの国立博物館での古写真整理の活動、という風に時間を逆に遡りながら紹介をして行くことにした。

残念ながら一番古い姫路の美術館時代の写真はHDDにもほとんど入っていない。「あの時分はデジタルカメラではなかったな。道理でデータにないわけだ。」しかも、週末自宅ではネット環境もないので外観すらダウンロードできない。それでも探し回って何とか百ページほどの番組を仕上げた。ページに3枚くらい入れているので300枚ほどの写真が入ったことになる。

英語が出てこないと困るので、各ページには英語のタイトルを調べ貼り付ける。表紙はハット思い付いて麻薬の撲滅博物館の玄関で撮った、デイプロマ受講生全員の集合写真に「ミンガラバ!」を入れて格好つけて見た。あとはママよとそんなに遅くならない時間に布団に入った。

さて、11日当日の朝のこと、私にとっては奇跡が起きた。10時からの授業直前の9時半過ぎ、東京外語大学教授のミャンマー語の土佐圭子先生が出現したではないか。旧知のド・ヌ・ムラザンを訪ねて来たのだ。お話に興味があるという先生の申し出で通訳を買って出て頂いたのだ。

挨拶程度のミャンマー語しか出来ない私にとって、現役教授がお話して頂くだけで伝えたいことが充分伝わった気がした。先生のおかげで全てがスムーズに進み、記念に全員に配った桜や鎌倉大仏の絵はがきが感謝され、休み時間はそのはがきにとサイン責めとなった。

ここで学んで全国へ散って行く受講生達に「楽しくなければ博物館ではない。情報が新しく掃除の行届いた博物館に、愛情を持って博物館作りをして下さい。」と結んだのである。

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