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謎の壺のジャール平原へのミニ旅行①

謎の壺のジャール平原へのミニ旅行①

南部のワットプーと並んで前から行きたかったのがシェンクワン県のジャール平原だ。何人かの同行があったので急きょ行ってきた。シェンクワンというところはそういう町があるのではなくポンサワンという県庁所在地がその中心だ。

ツクでは遺跡にはいれない事もあって車をチャータして二日間でこの地域を見て回る事にした。


シャンクワンの景色はルアンパバーンのようにとがった山ではなく、北海道のような緩やかな山並みが大抵緑に覆われ日本に居るかのような錯覚を覚える。最初に向かったのが街から少し外れたMulberriesというビエンチャンでもルアンパバーンにも店のある絹製品の工場。桑畑で蚕の説明を受けたり、染に使う植物から織物の現場、20台を超す機織り機などなかなかの規模だった。ここのショップでは絹織物から石鹸やジャムまでさまざま、珍しい桑の実のワインを買った。

2012_0505_114014-DSCF1362.jpg

*草の丘 走り登れば 牛たちが カウベル鳴らして 列して去りぬ2012_0505_123833-DSCF1388.jpg


初日は一路、温泉を目指したのだが、モン族の村にも途中下車。ベトナム戦争でたくさんの弾薬が落とされ未だに不発弾の処理はいつ終わるか知れないが、この村には空の爆弾を使った倉庫や塀が見られた。

*人よりも 巨大な爆弾 塀にして モンの村人 守るものとは
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途中のバンシェンキヤオはタイダム族の村で機織りが盛ん、ほとんどの家の高床の下は機織り機が置いてある。道路沿いにタイダム文化会館があり、張り紙に電話するとすぐ村人が来て空けてくれた。ちょっとした公民館のようなところに2階では布や袋物が展示販売されていた。

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ルアンナムタでも見た帽子にもなる刺繍したショールのつけ方を実演してもらった。

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1968年アメリカ軍の砲撃で374人の命が一瞬にして奪われたタム・ピュウ洞窟に回る。掃除されていない展示室には44年前の女性や子供の死体、頭骸骨などが展示され惨状に目を背けたくなる。がけの途中の洞窟は広いが中には何も残っていない。

2012_0505_172042-DSCF1445.jpg

はげかかった慰霊碑が失われた村人の悲しみを訴えているかのようだ。
*息絶えた 同胞抱える 兵士の像 記憶の風化に 屹然と立つ 
薄暗くなっていたがナムウンノイ温泉にも立ち寄る。熱いお湯が湧いていて川の水を引き込んで調整してはいる。我々は足湯にしたが、野良帰りの地元の人でにぎわっていた。外国人5千k、ラオ人2千kと書いてあるが払っているようには見えなかった。バナナやお茶で歓迎してくれた。

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ナムホーンリゾートはシェンクワン県の管理する温泉リゾート。中に宿泊施設、温浴ルーム、レストラン、遊園地などあって木立ちの広い敷地に点在している。夜8時ころついたががらがらで食事ができるか心配だったが、しっかりしたラオ料理にありつけた。

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風呂は部屋にあって洗面もトイレも全部温泉水。
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暗かったが源泉を見に少し道を上ると茨に囲まれた丸い池があり硫黄臭から源泉と知れる。目を横に転ずると闇の中に蛍が飛んでいるではないか。源泉の先に小川があるようだ。日本で見る蛍とおなじでゆっくり点滅している。

*満月が おぼろに照らす 丸い池 シェンクワンに 見る日本の夏よ

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