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ペッサラート博物館

ペッサラート博物館

ルアンパバーンには国立博物館ともう一つTAEC(Traditinal Arts & Ethnology Center)という博物館が知られている。ほかにGoogle mapに載っているで気になっていたPrince Phetsarath Museumというのがあってようやく行って見た。

市内からはメコン川沿いに下ると車で15分くらい、The Grand Luang Prabangというホテルの一角にそれはあった。というよりペッサラートという旧プリンスの邸宅をホテルにしたものだ。
museum1.jpg


ペッサラートといえば副王の家系に生まれ、王国の首相も務め1945年日本が占領した折のラオス王国の独立を戦後も有効な物と宣言してラオイッサラ(自由ラオス)結成したことで知られる。しかし翌年2月のフランスの武力による再植民地化の前に儚くも夢が潰え、バンコクに亡命したのだった。

写真でしか見たことのなかった彼の暮らした家は現存し自由に2階建ての室内や調度品、さまざまな歴史的な写真を見ることができる。なんといっても山々とメコン川に囲まれ、チャンパやブーゲンビリアの花咲く庭園が美しくどこか日本の景色のように親しくのんびり時間を過ごしたくなる。
grand1.jpg grand2.jpg


写真には彼の政界での活躍のみならず、57年に帰国後一切の要職に就かず狩りをしたり、村々を回る姿があり平穏な2年間が垣間見られる。帰国後2年して59年10月、時の国王シサワンゥオンと前後して亡くなる。葬儀の写真は数千人が参加したと伝え、彼の高い人気の一端が窺われた。
grand3.jpg


政界に大きな影響力を持った彼の家系は、ラオスの歴史を知るには欠かせない重要人物を生み出している。彼の父はBoun Khongというやはり副王、その2番目の夫人の7人兄弟の次男に生まれ、実の弟が後の首相・スワナプーマだ。そして父の11番目の夫人の長男が革命政権で大統領となったスパノヴォンなのだ。つまり中立政府の首相と革命政権の大統領は異母兄弟という事になる。
museum2.jpg
彼の寝室も公開されている

さて、11年前に開業したこのグランドホテルは78部屋ありルアンパバーンでは最大となる。どの部屋からもメコン川が眺められ、やや狭苦しい半島のホテルやゲストハウス群に比べるとゆったりして自然に満ち溢れていて一見の価値があります。

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